【難民を助ける会|理事長ブログにて執筆】
この4月から、毎日新聞火曜日夕刊の文化欄コラム「ナビゲート」を担当させていただくことになりました。4人の執筆者の方々と交代で5週間に1度ずつの掲載です。機会がありましたらぜひご一読ください。
さてその初回4月21日掲載分では、「テロに屈しない子どもたち」と題して、NHKの道傳愛子解説委員が訳されたジャネット・ウインターさんの絵本『マララとイクバル~パキスタンのゆうかんな子どもたち』(岩崎書店、2015)を紹介させていただきました。字数に限りのあるコラムです。書ききれなかったことを、このブログでつづらせていただきます。
マララさんは改めてご説明するまでもありません。女の子が学校に通う権利を訴え、銃弾に倒れながらも、声を上げ続け、昨年2014年度のノーベル平和賞を史上最年少で受賞した少女です。
この絵本のもう一人の主人公は、イクバル・マシー君(1983年―1995年4月16日)。両親が作った12ドルの借金のため、4歳のときからパキスタンの絨毬工場で奴隷同然の過酷な労働を強いられます。10歳で解放されてからは、パキスタンの絨毯業界による債務児童労働に対し、声をあげました。しかしわずか2年後、いとこと自転車に乗っているところを何者かに銃撃され、亡くなります。わずか12年の人生でした。犯人はいまだわかっていません。
二人に共通することは、二人の置かれた境遇や人生が特別だからではなく、ごくごく当たり前の境遇だから、自分の境遇はまわりにいる友だちや大勢の子どもたちの境遇でもあるから、だからこそ、危険を冒しても声を上げ続けたということです。
絵本の巻頭には、インドの詩人であり思想家でもあるラビンドラナート・タゴールの詩が道傳さんの翻訳で紹介されています。
「危険から守り給えと祈るのではなく おそれることなく立ち向かう勇気を」。
マララさんとイクバル君の故郷・パキスタンで、私たちAARは、アフガニスタンからの難民や地元の子供たちの衛生・教育支援などを行っています。しかし、駐在する職員たちから一時帰国の折などに聞くこれらの学校の様子に、愕然とします。マララさんを襲った勢力は、昨年12月、パキスタン北西部のペシャワールの公立学校を襲撃し、子どもたちと教師あわせて160名以上の人々を殺害しました。子どもや学生を使った自爆テロまで現れています。その結果、周辺地域の学校では自動小銃で武装した門番が大人の来訪者どころか、登校する自校の児童や生徒にまで、疑いの目を向けざるを得ない状況です。子どもたち一人ひとりに、毎朝身体検査や荷物検査をするまで事態は追い込まれているのです。
この事件を受けてマララさんは「残虐で卑劣な行為を非難します。私たちは決して(テロには)屈しません」という声明を出しました。現地では児童や生徒ともに、多くの教職員も犠牲になりました。子どもたち同様、先生方もトラウマと戦いつつ勇気を奮い立たせ学校に通い、教壇に立っておられます。
「勇気」。私たちが日常の中で、時に何気なく、時に何がしかの決意や決心を秘めて発する言葉です。言葉遊びのように聞こえるかもしれませんが、勇気をもつのは誰にとっても、勇気のいることです。しかし世界には、特別な場面ではなく、私たち日本人にとってはごくごくありふれた日常生活の一コマや、あまりに小さなことのために、心を奮い立たせ、勇気をふりしぼっている人たちがどれだけ存在することでしょう。
それぞれの人が、それぞれの人にとっての大切な日常の営みを続け、日常の生活を送る、ただそれだけのために、多大な勇気が必要とされる暮らしがあります。
(2015年4月21日)