人間の安全保障

人間の安全保障と文学のメランコリー

新田啓子先生(アメリカ文学・文化理論/立教大学文学部文学科英米文学専修教授)の『群像』の連載で、拙著『人間の安全保障』について言及いただきました。ご論考「セキュリティの共和国 戦略文化とアメリカ文学9 人間の安全保障と文学のメランコリー」(『群像』2024年5月506ー519頁)、ハーマン・メルヴィルの『ピエール、あるいは曖昧性』解題で。
新田先生は「やや冒険をして「人間の安全保障」という現代的概念を参照してきた」(515頁)と述べておられますが、ご本人が指摘されるとおり、決して「無根拠な連想ではない」(同)ことがご論考からうかがえます。
 「人間の境遇を分け隔てる要因の解消を前提とし、万人を等しく目的に置いたこのセキュリティの発想は、いうまでもなく、外敵から国家を守る目的のためには戦争もしくは特定の人命の犠牲が出ることを厭わない、保守的な政治的リアリズムの対極にある」(512‐513頁)と、この概念の本質を突いたご指摘をされています。
19世紀の小説と「人間の安全保障」概念の親和性を、深い考察の中から指摘されたご論考、新学期、「人間の安全保障」の授業を始めるにあたり、驚きと感動とともに、大変新鮮な思いで拝読しました。
 新田先生、ありがとうございました。

記事一覧

PAGE TOP