人道支援

ODAと無形の算盤(そろばん)~現実主義者の立場から

【難民を助ける会|理事長ブログにて執筆】

「無形の算盤(そろばん)、心の算盤をはじきましょうよ」。柳瀬房子現会長が、事務局長そして理事長時代に、父である柳瀬眞の言葉としてよく口にした言葉です。故・柳瀬眞氏はAAR創設時の事務局長。第2回のこのブログでお話しした、相馬先生の「困ったときはお互い様」に共感し、自宅を事務所として提供、AARの立ち上げを文字通り物理的に支えた人です。AAR誕生後半年でこの世を去り、当時身重だった柳瀬房子現会長が、事務局長として創生期のAARを支えました。AARの事務所は最初の10年間、目黒区大岡山にあった柳瀬家に置かれていたのです。

「無形の算盤」あるいは「心の算盤」の意味は、自分の損得を考えてそろばんをはじくのではなく、損得勘定抜きの心の算盤で物事を計り、行動に移しなさいということ。

先月のことですが、参議院のODA特別委員会に参考人として招致していただきました(映像はこちら 別ウィンドウで開きます )。「心の算盤」という言葉は使いませんでしたが、私がODAについて主張したことの一つは、要はそういうことです。日本の財政が危機的状況にあり、先行き不透明感が漂う中、日本の利益となる援助、あたかも海外で行う公共事業のような、日本の企業の利益を第一の目的とする援助、そうした「国益」重視のODAが強調されるきらいのある昨今の流れや議論に対する、私なりの異議申し立てです。

私はこう見えて(どう見えるか知りませんが(笑))、かなりの「現実主義者」です。その現実主義者にとって、国益とはもっと「多種多様な益」。今日のような流動性の高い、不確実な時代だからこそ、リスクを分散する必要があり、全く同じ発想で、国益の捉え方ももっと多様で、広範であるべきだと思うのです。

もちろん、時には、目先の直接的利益を最優先しなければならないODAこそ重要な場面もあるでしょう。決してそれを否定しようとは思いません。しかし他方で、そうした直接の利益のみに基づいたODAだけでは守られない国益もある。JICAはもちろんのこと、私たちNGOが行っているような、現地の受益者の方々の益を第一に考える援助、その過程で、現地の方々と心を通わせ絆を生む援助も、日本のより広い国益に貢献している。こうした援助の在り方も、日本の国益を守るために必要不可欠だと思うのです。

「心の算盤をはじいた支援を行おう」と主張すると、「だからNGOは夢見る夢子さんの集まり」なんていう皮肉な烙印を押され、「お気楽な、現実が見えない理想主義者」なんていう批判の矢も飛んできそうです。ですがNGOは、私たちAARはそれほどのんきな人間の集まりではありません。現実を見る目はかなりシビアだと思います。

私たちは現場で、圧倒的な貧困、言葉にならない苦難、あまりにむごい現実にあえぐ方たちとともに、日々、とんでもない悪さをする人々や、様々な危険に遭遇します。

「そんな嘘はすぐにばれるでしょう!?」というような憎めない小悪、笑える小悪から、もう少し頭脳派の中悪、かなりタチの悪い、ぼったくり。金銭絡みのものから、意図的に紛争を起こし、紛争を激化させ、紛争で儲ける。そういう極悪も存在します。かなりタチの悪い輩(やから)もいっぱいいます。さらに複雑なのは、こういう人たちが、それぞれ性能の差はあっても武器をもっていることです。あるいは、泥酔して正気ではなかったりもします。

AARは基本的に、日本人の職員が現地に行って、現地の職員を雇用し、自前で事業を行います。たとえば南スーダンのカポエタのように、事務所や住居として借りられる物件が存在しない地域では、住居と事務所を合体させたコンパウンドといわれる、建物群を建設するところから始まります。こうしたいわば手間のかかる直接運営の方式をとっていますから、(世界規模のアライアンスでは現地に支部があるとか、日本では資金調達だけをして、現場の仕事は支部や他の団体にお任せしする、という方式をとる組織もあります)AARは、小さいなりに、現地のトラブルも、給料の賃上げ交渉・ストライキといった人事労務関連から、ありとあらゆるバリエーションがあります。これに翻弄されるAARの駐在員・職員たちの苦労は、並大抵ではありません。

誤解のないように申し上げますが、もちろん、うまくいっている、よい話もたくさんあります。しかし一方で、理事長としての私のところに上がってくるのは、あらかじめ決めた原則論では片付かない応用問題やこじれた話、にっちもさっちもいかない話、組織としての最終決断が必要になる話が多く、たいてい「え~っ」とか「ええええ~っつ」と絶句するようなお話ばかりです(苦笑)。

現地で調達する物資の値段をぼられる、契約不履行、故障もしていない車両の修理にトンデモナイ請求をふっかけられるなんていうのは日常茶飯事。そのあまりに堂々とした主張に唖然とし、思わず笑ってしまうことも。

現在AARが活動する国は15ヵ国。そうした現場に日々もまれ、送り出したときは、目元涼やかだった好青年が、1年後、眼光するどく、どうみても別の「業界」の人(!)みたいな人相・風貌に変わって帰ってくるのを見るのは、(「頼もしくなったね」と褒めたい気持ちもありますが)理事長としては、正直なところ内心、大変フクザツです。

他方で、いつでも、どこでも、自分たちにはどうにもできない次元の話に翻弄されながら、まっとうに生きている、ごくごく普通の人たちがいて、そういう人たちに助けられ、私たちの、職員たちの現場の、最前線の活動は今日も続きます。

「現状分析は徹底したリアリズムで。将来は限りないオプティミズムで」とは大学時代の恩師、鴨武彦先生の言葉。国際政治学者でした。

「熱い心と冷たい頭をもて」とは緒方貞子先生の言葉。

私たちは、安全管理、危機管理の面からも、自分たちのできること、できないことを冷静に把握しているつもりです。いや、把握すべく日夜つとめています。常に心の算盤をはじくリアリストでありたいと思います。そして、日本のODAに対しても、現場を知る現実主義者として、現場の声を生かした、地に足のついた、現場からの提案をしていきたいと思っています。 (2015年4月24日)

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