難民

チベットの教え、ヒンドゥーの教え(2)

ルフトハンザ航空の48時間ストライキで、シンガポール・チャンギ空港へ飛ばされた私は、シンガポール―成田便のチケットを発券してもらうために、再び指示されたカウンターへ。こちらは、待ち時間もなく、すぐに成田便の発券をしてもらえました。

アフリカ便のように、初めから24時間以上のフライトを覚悟していたわけではなく、既に気力・体力ともに限界に達しています。幸いにも成田便のゲートはそのカウンターの目と鼻の先です。カウンター近くに、電源コードのある居心地のよさそうなソファを発見。ここから一歩も動かず搭乗時刻まで過ごそうと決め、一息ついてからパソコンに向かいました。隣の席には、最初インドネシア人と思われる女性。次に白人女性。しばらく空席のあと、インド人の上司と部下らしい2人組が座りました。

パソコン作業に疲れた頃、部下らしき若い男性が席をたち、かっぷくのよい男性が一人残りました。目が合い、どちらからともなく会話が始まりました。空港でよくする会話です。

「どちらへ?」「インドです」「直行便?」「いやいや民間機の直行便はあるのですが、自分は公務員なので、国営の飛行機会社を使わなくてはならなくて。それだと、直行便がないんですよ」云々。

私が日本人だと知ると、彼はすぐさま、台風19号の被災地へのお見舞いの言葉を口にしてくれました。そこから話は、インドでも頻発しているという、異常気象や大規模な自然災害へ、そして当然のように、地球温暖化や気候変動の話題になりました。

うっかり私が口をすべらせます。「気候変動は自分ではなく次の世代の話だから、という人がいるけれど、既に始まっているし、そもそも輪廻転生を信じるなら、誰もが他人事ではなく、自分事になるはず」と半ば冗談のつもりで口に出してから、「しまった」と思いました。私の軽率な「輪廻転生」という言葉に、彼の顔色が一変したからです。

「この私に、輪廻の話をしますか?」いつの間にか戻ってきた彼の部下も顔をあげ、上司を見つめています。「すぐには終わりませんよ」幸い、時間はたっぷりありました。

「ヒンドゥー教というのは、宗教ではありません。人の生の在り方、way of lifeすべてです。私たちは自分が、自身の肉体を去る日が来るということを忘れがちです。しかしそのことを忘れてはいけない。肉体は一時的に着ている洋服のようなもの。『我々』ではない」

「もし私たちが、自分が何者であるかを忘れなければ、この世にはいかなる恐れも悲しみもない。あらゆる困難に立ち向かうことができます。」

「しかし、私たちは、自分が何者であるかを忘れて、今の自分の姿、社長だとか、政治家だとか、教師だとか、金持ちだとか、そういうものに自己を同一化していまう。覚えていてください。私たちが自分自身、アイデンティティを感じるべきは、肉体ではなく『魂』だということを。そのことさえ覚えていれば、現世で起きるどのような困難にも恐れも不安もなく、立ち向かうことができるのです」

その後も彼の話は続き、私はメモを取りながら、聞き入りました。途中から戻った彼の部下も、手にしたスマホをいじることもなく、黙って聞き入っていました。

あれから1か月半。シンポジウムには出席できず、関係の皆さまに大変なご迷惑をおかけてしまいましたが、それでも記憶にとどまっているのは、空港での苦労や混乱ではなく、あのチベット人男性が言ったとおり、その後も搭乗ゲートや機内で続いた出会いの数々です。

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