難民

開会挨拶および趣旨説明:2023年2月28日開催公開講演会「ジェノサイド後の分断社会における和解と共生の可能性と不可能性―スレブレニツァを事例に、『犠牲者意識ナショナリズム』の視点から」

【2023年2月28日14~17時 立教大学池袋キャンパス 8101教室およびWebinar同時開催】

ご来場のみなさま、そしてオンラインでご参加の皆様、本日は年度末の平日、お忙しい中、ようこそおいでくださいました。立教大学の長有紀枝です。
ただいまより、公開講演会「ジェノサイド後の分断社会における和解と共生の可能性と不可能性―スレブレニツァを事例に、『犠牲者意識ナショナリズム』の視点から」を開始いたします。本講演会は、JSPS科研費、基盤研究C、課題番号20K12332 および、基盤研究B 課題番号21H03710 の助成を受けて、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科および社会デザイン研究所が主催し、国際協力NGO 難民を助ける会(AAR Japan) の運営協力を得て開催するものです。

開会に先立ち、本講演会の趣旨およびや韓国・西江大学から林 志弦(イム・ジヒョン・ Jie-Hyun Lim)先生をお招きした意図につきましてご説明いたします。

本講演会は、私・長が研究代表者を務めます、科研費20K12332「ジェノサイド後の分断社会における和解と共生の可能性―スレブレニツァを事例に」の総括として行うものです。お気づきの方もおられるかもしれませんが、この研究課題のタイトルは、「可能性」で終わっており、本講演会のタイトルにつけた「不可能性」は入っておりません。課題名は、助成金に応募した2019年秋、今から3年半前につけたものです。その時点では、この研究はまさにジェノサイドを経験した移行期社会の和解や共生の可能性についてさまざまな側面から検討することを目的としていました。

しかし、この3年間、研究を続ける中で目にした現地の情勢、私自身が委員としてかかわったボスニアのセルビア人共和国(スルプスカ共和国)が設置したスレブレニツァ委員会の最終報告書の余波、そして、現在進行形のロシアによるウクライナ侵攻の凄惨さと現地の人々が置かれた状況、戦況などを見るにつけ、「可能性」という言葉のみを、総括シンポジウムの名称に付けるのは、極めて不適切、あるいは現地や現在の世界情勢とはかけ離れていると感じました。決して「和解や共生の可能性」を全否定するわけではありません。しかし可能性とともに、不可能性についても同様に検討すべきだと考え、このようなタイトルとしました。

さらに、スレブレニツァ研究を進めていく中で、特に、被害者民族であるボスニアのムスリム系民族・ボシュニャクの、直接の被害者や遺族とは関係のない人々、あるいは当時生まれていなかった世代、中でもとりわけ、北米大陸に難民・移民あるいはその子孫として暮らす人々、つまりはディアスポラの間で、過激な、時に執拗とも思える一連の行動や言説に遭遇するにつけ、スレブレニツァをめぐる記憶の戦争が、グローバルに、トランスナショナルな次元で展開されていることに気づきました。

同時に、国連安全保障理事会によってボスニアを含む旧ユーゴスラヴィア領域で、1991年以降に発生した国際人道法の重大な違反について責任を負う者の訴追のために設立された国際法廷ICTY(旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所)がスレブレニツァに関する裁判の過程で、検察官側、被告人及び弁護団、またそれぞれの証人から提示された膨大かつ、さまざまな証言、証拠の中から一定の証拠を「選んで」事実として「認定」するさま、それが事実というよりは裁判官による「選択」の結果であったとしても、次の裁判では「認定された事実(adjudicated facts)」として所与の事実とされ、それが記憶となって地域のみならず、世界の歴史、人々の「記憶」となっていく様にも直面しました。そんなときに出会ったのが、林 志弦先生の「犠牲者意識ナショナリズム」という視点です。

林先生をお招きしたかったもう一つ、決定的な理由があります。それは日本人である私が、遠いボスニアの民族紛争やジェノサイド後の和解について研究する意義です。私は、スレブレニツァ事件の発生当時、本日開催協力を得ている、難民を助ける会(AAR Japan)の駐在代表として現地で人道支援活動を行っており、リアルタイムで、現場で当時の状況に接していました。博士学位論文でスレブレニツァ事件を扱うなど、その後も断続的に、特に、2期連続して科研費の助成を受けた過去6年は、特に深く、スレブレニツァ研究に関わってきました。しかし、日本人である私がボスニア紛争やスレブレニツァについて研究することの原点、スレブレニツァを考える根源に日本や日本の歴史があります。その意味で、林 志弦先生はどうしてもお話を伺いたい方でした。

また、特にボスニアやスレブレニツァの情勢に関心をお持ちでない方にとっても、昨年の夏、本日も会場にお見えの、毎日新聞編集委員の澤田克己さんの素晴らしい訳を得て、林先生のご著書『犠牲者意識ナショナリズム – 国境を超える「記憶」の戦争』が出版されたこの時期だからこそ、日本にお招きしたいと思いました。
林先生のご経歴については、本講演会のホームページに記載のとおりですが、ポーランド近現代史、トランスナショナル・ヒストリーをご専門とされ、近年は記憶の研究に重点を移し、東アジアの歴史和解も模索しておられます。林先生は今学期ポーランドで在外研究をされており、明後日3月2日からは、韓国の西江大学での新学期の授業が始まります。ポーランドからのご帰国と新学期開始のまさにその間隙を縫って、来日くださいました。心から御礼を申し上げますとともに、基調講演をお願いしたいと存じます。

以下シンポジウムプログラム

14:10-15:15 第1部:基調講演
林 志弦・西江大学教授「犠牲者意識ナショナリズムを超えて」(Beyond Victimhood Nationalism)

15:20-17:00 第2部 パネル・ディスカッション

ヤスナ・ドラゴヴィチ=ソーソ:ロンドン大学ゴールドスミス校教授(Jasna Dragović=Soso: Professor, University of London,Goldsmiths) “Srebrenica and ‘coming to terms with the past’ in the post-Yugoslav region” (オンライン参加)

長 有紀枝・立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授
「スレブレニツァおける記憶の戦争」

橋本敬市・国際協力機構(JICA)国際協力専門員・平和構築担当
「2021年7月の上級代表(OHR)によるジェノサイド否定を処罰するボスニア刑法改正とその背景」

クロス京子・京都産業大学国際関係学部教授
「誰が正当な『被害者』かー補償をめぐる分断と政治化」

討論・コメント:林 志弦教授

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