「ユーゴスラビア人」あるいは「ボスニア人」としてのオシム(2018年6月6日発売 木村元彦著『オシム終わりなき闘い』小学館文庫)の解説を執筆しました。

ノンフィクション作家・木村元彦さんの手になるユーゴサッカー3部作(『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』『オシムの言葉』)。その完結編ともいえる『オシム終わりなき闘い』(2015年NHK出版)の増補改訂版が、この度、小学館から文庫で出版されます。
大変光栄なことに、その巻末解説執筆の機会をいただきました。

2011年4月にボスニア・ヘルツェゴビナは国際サッカー連盟(FIFA)の加盟資格を取り消され、すべてのカテゴリーで国際大会への出場を停止させられました。1国家1競技団体、1会長を原則とするFIFAの基準に対し、ボスニアサッカー協会が、3民族に分断された政治情勢を反映し、同様の分裂状態に陥っていたからです。この異常事態の是正機関としてFIFAと欧州サッカー連盟(UEFA)の要請で立ち上げられたのが本書の舞台「正常化委員会」です。そして、オシム監督はFIFAとUEFAの両会長からの要請を受け、その委員長に就任します。政治家との交わりを嫌い、また療養中の身でありながら、この仕事を引き受けた理由を、オシム監督はボスニアの小話にたとえてユーモラスに語っています。
「こんなボスニアジョークがあるのを知っているか。ムーヨという男がモスタルでネレトバ川にかかるあの有名な橋を通っていた。橋の上は観光客で溢れていて、子どもが橋から落ちてしまった。ムーヨはすぐに飛び込んで子どもを救った。皆拍手喝采でムーヨを讃え、新聞記者がインタビューに来た。『あなたはまさに英雄です。今の気持ちは?』『当然のことをしただけです』『ではこれから英雄として何をしたいですか?』『僕を橋から突き落とした奴を探します』」(本文より)

自分は英雄などではない、たまたまFIFAに突き落とされたに過ぎない。ボスニア流のブラックジョークにのせたオシム監督、そしてその言葉を引き出し、記録した木村さん。
本作は、民族主義と分断のただ中に放り込まれながらFIFA復帰と2014年ワールドカップ初出場にかけるオシム監督の闘い、ナショナルチームの魅力あふれる選手たちと、彼らを取り巻く生々しい紛争の記憶、その活躍を心のよりどころに生きる難民の姿などを丁寧に描いた作品です。私の解説は「移行期社会」や平和構築の視点から、民族主義から一線を画し、いわば内なる余所者としてふるまうオシム監督の姿に光をあてました。解説タイトルは、「『ユーゴスラビア人』あるいは『ボスニア人』としてのオシム」。
サッカーファンや、木村ファン、オシムファンは言うに及ばず、ボスニア紛争やバルカン地域を学ぶ学生、難民支援や平和構築に携わる実務家、そして研究者にとっても、貴重な証言集であり、最良のテキストといえる作品。6月6日発売です。

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