6月20日は世界難民の日です。本ブログは、難民を助ける会ホームページに2026年6月18日付で公開したものです。
(https://aarjapan.gr.jp/blog/22157/)
「帰還民急増の裏にあるもの」2026年世界難民の日に
人道支援は紛争を解決しません。それでも・・・
今から10年ほど前、シリア内戦に終結の兆しはなく、まだ多くの難民が隣国トルコに流入し続けている頃のことです。シリア国境に近い、トルコ南東部の難民を助ける会(AAR)の事業地を訪問しました。当時、トルコはシリア難民の最大受け入れ国であり、世界最大の難民受け入れ国でもありました。トルコ国内でも最も多くのシリア難民を受け入れていたのが、シャンルウルファ県など南東部の地域でした。
AARのシリア人スタッフによる巡回理学療法チームに同行して、多くのシリア難民の方々の家庭を訪問しました。そこで出会ったのがアブドゥルサラムさん一家です。アブドゥルサラムさんは羊の世話をしている最中の爆撃で左半身に大けがを負い、九死に一生を得、妻と生後間もない娘と3人でウルファに避難しました。「理学療法のおかげで、全く曲がらなかった左ひじと左ひざが、曲がるようになった」と感謝の言葉をいただきましたが、生活は苦しく、これ以上トルコで避難生活を続ける目途は立たないめ「来週にはシリアに帰る」といいます。薄暗い部屋を見渡しながら彼が発したのは「ここでは死ねない」という一言でした。「シリアに戻れば死ぬかもしれない。それでもここで死ぬよりはまし。どうせ死ぬなら、祖国で、自分の家で死にたい」。
床に敷かれた薄い毛布とわずかばかりのプラスチックの食器、それ以外何もないがらんどうの部屋で奥さんは力のない笑顔を向けながら、ごほごほと咳をする赤ちゃんをあやし続けていました。
難民問題の恒久的な解決策の一番目にあげられるのが、「祖国への自主的帰還」です。本来この帰還とは、祖国の紛争や、家や故郷を追われた原因が解決・解消し、生活の再建の決意を秘めた旅立ちのはずです。強制ではない自主的帰還の中にもこのような帰還があることを今更ながらに知り、かける言葉を失ったことを覚えています。
6月11日、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、世界の難民の現状をまとめた年間統計報告書「グローバル・トレンズ・レポート」を発表しました[1]。報告書によると、2025年末時点で紛争や迫害などによって住まいを追われた難民や国内避難民などの総数は1億1780万人、このうち難民は4,160万人、国内避難民は6,870万人にのぼります。難民の7割が長期にわたる避難生活を送り、その多くが貧困ライン以下での生活を余儀なくされている、といいます。
2025年1年間で、新たに540万人が暴力や迫害により国境を越えての避難を余儀なくされた一方で、難民・国内避難民の帰還も加速、出身国や出身地域に1,470万人が帰還しました。この帰還者数は60年前に統計を開始して以来、2番目に高い水準だといいます。とりわけ、アフガニスタン、スーダン、シリアで大幅な帰還の増加が報告されているものの、その多くは帰還を余儀なくされた人々で、極めて脆弱な環境下での帰還であることを報告書は訴えています。まさにアブドゥルサラムさん一家のような方々です。避難先で戦闘が勃発したり、援助が打ち切られたりしたら、出身国(地)の危険な状況に大きな変化はなくとも、帰らざるをない人びとが数多く存在します。
忘れてはならないのは、この統計は、今年2月のアメリカとイスラエルによるイランとレバノン攻撃開始前の時点のものだということです。攻撃を受けたイランは、アフガニスタン難民の最大の受け入れ国でした。レバノンは、対人口比で世界最大の難民受け入れ国で、今年に入ってから両国から帰還せねばならなくなった難民の数も膨大です。
このように、援助を必要とする人の苦境が続く一方で、援助をする側の体制は大きく変容しました。これまで国際協力資金の4割を拠出してきたといわれる米国が、第2次トランプ政権下、国務省の人道支援部門や国際開発庁(USAID)の機能停止・解体に続き、大幅な援助資金の打ち切りを実施しました。その結果、UNHCRでは6,000人以上が契約終了などで離職、難民支援の現場でも現地の需要や必要度とは無関係に多くの援助プログラムが打ち切られました。
また自国第一主義の拡がりや安全保障環境の悪化を理由に、軍事費を増強し、かわりに国際協力資金を削減する国も相次いでいます。日本も大きく援助を減らしています[2]。大幅に援助を減額する意図はなくとも、円安が大きく進んだ結果、日本円で同じ拠出額を維持したとしても、外貨に換算される際には、大きくその価値を減らすこととなっています。もはや、米国が最大の資金の出し手であった時代は戻らないといわれますが、その穴を埋める国は、見当たりません。
こうした情勢の中、日本では、2019年に逝去された緒方貞子元国連難民高等弁務官に続き、アジア地域出身者として初めて8年にわたり国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の会長をつとめ、「人道の巨人」といわれた近衞忠煇・元日本赤十字社社長を失いました。大惨事を目の前にして、立ち向かう道具も、行先を照らす光を掲げる人道のリーダーをも失った思いがいたします。
AARのホームページに掲載した近衞さんの追悼文(https://aarjapan.gr.jp/news/21870/)を私は以下の言葉で締めくくりました。
「人道や国際人道法を踏みにじることが、あたかも国防であり、リアリズム(現実主義)であるかのように語られ始めた今、人道や国際人道法は、真のリアリズムとアイデアリズム(理想主義)から生まれたのだということを、近衞さんがなされたお仕事、貫かれた原則とともに思い起こしたい」
世界難民の日を前に、もう一言追記したいと思います。国際協力の資金を削減し、国防や軍事費を増強することだけでは守れない国益があると。世界各地で人道支援を続ける国際機関向け、そして日本のNGOや国際協力機構(JICA)を通じた国際協力資金を維持し、また日本に逃れてきた難民に手を差し伸べることも、確実に日本の国益に資すると。
人道支援は紛争を解決しません。アブドゥルサラムさん一家のような人々の生活を再建することも難しい。しかし、人道支援は今日の命をつなぎます。人道支援によって命をつなぎ、日々の生活を支援しなければ、難民にも、また彼らが帰って再建する祖国にも未来はありません。
2026年は「難民の地位に関する1951年の条約」(難民条約)の採択から75周年にあたります。私たちは、援助の体制が大きく変わったことを認識し、受け止め、その上で彼らの命をつなぐ支援を、覚悟をもって続けねばなりません。巡り巡ってそれは確実に、日本の国の安全安心に資するはずです。
[1] Global Trends report 2025「数字で見る難民情勢(2025年)」はhttps://www.unhcr.org/jp/global-trends-2025-report。
[2] Cancels & replaces the same document of 9 April 2026 2ページ目に日本はマイナス5.6%と記載。また外務省の「令和8年度予算の概要」11頁に、「令和8年度(2026年度)予算における政府全体のODAは5,835億円。ピークの平成9年度(1997年度)と比べるとほぼ半減(▲50%)」とある。
