紛争

ムラジッチ判決に立ち会って

 それはあまりに劇的な幕切れでした。2017年11月29日、24年に及んだ国際刑事裁判所(ICTY) の最後の上訴審は、ボスニア紛争下で独立を宣言した「ヘルツェグ-ボスナ・クロアチア人共和国」とその軍(HVO)の幹部ら6人を裁いた「プルリッチ他事件」。

 その一人、参謀本部の元司令官で元映画監督プラリャク被告(72)は一審同様20年の禁固刑が言い渡された直後、「(自分は)戦争犯罪人ではない」と叫び、青酸カリとされる液体を一気に飲み干しました。まるで地酒ラキャをあおるように・・・。その後、搬送先の病院で死亡が確認されました。

 前週の22日には、同じくボスニア内の自称独立国「セルビア人共和国」の軍(VRS)元最高司令官、ムラジッチ被告(74)の一審判決の場に立ち会いました。最高刑の終身刑が言い渡された瞬間、ムスリム人ら被害者遺族や関係者の建物を揺るがすような、地響きにも似たうめきや歓声、おえつ、そして被告側弁護団やセルビア人関係者の打ちひしがれた様子を目の当たりにしました。

 「この判決をセルビア人に対する評決だと主張する人がいるが、私たちは強い言葉で拒絶する。ムラジッチの罪は彼個人の罪である」。判決直後の記者会見での検察官の言葉です。

 しかし、ムラジッチ、プラリャック両被告は、自称とはいえ「正規軍」の最高司令官でした。膨大な犠牲者の一方に、これら「戦争犯罪人」のおかげで生き延びることができたと言う人々も存在する民族紛争。

 ICTYは年末に閉廷しますが、多くの事件が国内裁判所に引き継がれます。

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