2 ICTY 安保理によって設けられた国連機関

オランダ・ハーグにあるICTY(撮影筆者)

 「一九九一年以後の領域内で行われた国際人道法に対する重大な違反について責任を有するものの訴追のための国際裁判所」、略して「旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(The International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia:ICTY)」は旧ユーゴ紛争さなかの一九九三年五月二五日、国連安保理決議八二七と付属する裁判所規程により設立された。

 この五年後、「国際刑事裁判所に関するローマ規程」(一九九八年七月一七日採択)という多国間条約により誕生した、常設の国際刑事裁判所(International Criminal Court:ICC)とは異なり、安保理という政治機関が設立した、時限付き(アドホック)の国連機関である。

 組織は、第一審(Trial Chambers)と上訴審(Appeals Chamber)からなる裁判部、検察局(Office of the Prosecutor)、および双方に役務を提供する書記局(Registry)により構成され、最大時で八〇カ国におよぶ一〇〇〇人強の職員を抱えていた。

 管轄権をもつ犯罪は、
(イ)一九四九年のジュネーブ諸条約に対する重大な違反行為、
(ロ)戦争の法規又は慣例に対する違反、
(ハ)集団殺害、
(ニ)人道に対する罪の四類型である。国内裁判所との関係では、ICTYが国内裁判所に優越する。

 ICTYの最大の特徴は、まず、ニュルンベルク・極東国際軍事裁判所以来、初の国際刑事裁判所であることが挙げられる。さらに本来、独立性や公平性が重視される司法機関が、国連安保理という政治的な機関によって設立されたことも特筆に値する(古谷二五頁)。

 ICTYとは安保理が、旧ユーゴスラビア領域内で発生した事象を、国連憲章第七章に基づき、第三九条の「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為」を構成していると「決定し」、第四一条の非軍事的措置に従って設立した安保理に付随する組織なのである。

 設立にあたっては、総会決議や条約の形式も検討されたものの、紛争の最中に、そのあまりに甚大な国際人道法違反や、血で血を洗うような民族浄化の実態を憂慮し、戦争犯罪人の処罰が、紛争の終結に大きく寄与することを想定して、(膨大な時間を要する、条約や国連総会決議の形ではなく)国連の強制措置の発動である憲章七章下の安保理決議が選択された。

 ICTYは、既述のとおり、紛争のただ中に設立された機関である。それゆえ、後にルワンダのジェノサイド収束を受けて、その責任者を訴追するために、同じく安保理決議(一九九四年一一月八日の安保理決議九五五)により設立されたルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)とは対照的に、その時間的管轄権の終わりが示されていなかった(ICTRの時間的管轄権は一九九四年一月一日〜一二月三一日)。

 そのため、当初、クロアチアおよびボスニアで起きていた紛争を対象としてスタートしたものの、他の旧ユーゴ領域内で起きた事象、すなわち、一九九八年以降はコソボ危機が発生するに及んでコソボも、さらに二〇〇一年にマケドニアで紛争が発生すると、マケドニアで起きた事象も管轄下に加えられることとなった。

 特に、コソボ危機に関しては、セルビアに対し、北大西洋条約機構(NATO)が大規模空爆を行い、紛争当事者となったこと、またコソボにおけるアルバニア人に対する大規模な人権侵害を理由に、国際刑事裁判史上初めて、現職の国家元首・ユーゴスラビア連邦(当時)のミロシェビッチ大統領を訴追したことは、特筆すべき出来事である。

 こうした経緯を経て、ICTYは、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、マケドニアで発生した事象を対象に、二四年におよぶ審理を経て、一六一人を起訴し、九〇人に有罪判決を言い渡した。

 残り七一人については、無罪一九人、起訴取り下げ二〇人、死亡一七人(ICTY移送前の死亡一〇人、移送後の死亡七人)、ICTYの後継機関「旧ユーゴスラビア及びルワンダ国際刑事裁判所の残余メカニズム:MICT」(二〇一〇年一二月二二日の安保理決議一九六六にて設立)において再審理が二人である。

 さらに一三人が旧ユーゴ領域内の国内裁判所へ委託(referral)された。
 
 国内裁判所への委託は、当初の想定を大きく超え、予算、規模ともに巨大な機関になったICTYとICTRの活動を収束に向かわせる必要から、また、ICTYでは裁ききれない戦争犯罪人を地元、国内の裁判所で裁いていくために進められたプロセスである。

 二〇〇四年時点でこれら二つの国際刑事裁判所の擁する人員は二〇〇〇名以上、両者の年間予算は、この年の国連の通常予算の実に一五%におよぶ金額となっていた(Schabas, p.6)。

 なお、旧ユーゴ諸国にとって悲願であるEU加盟が、犯罪人引渡しや捜査協力を引き出すための重要な取引材料として機能したことも忘れてはならない。

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