(4) 日本政府による独立原則

 日本では、人道支援は当初は地球規模の課題というより、アジア地域の難民問題への対応が中心となって出発した。

 それゆえ、グローバルな人道支援を行う政策も、それを実施する体制も整備が遅れたと指摘される。そのため、日本には、長く、人道支援の方針や原則というものが明文化した形では存在しなかった。

 それを整備する契機となったのは、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)において、4~5年に1度、加盟国が互いに援助政策や体制などを審査する「援助審査(ピア・レビュー、開発協力相互レビュー)」制度の存在である。

 2010年6月16日、2000年代に入って2度目のDACピアレビューの報告書が発表され、人道支援「政策」の欠如の指摘を受けると、外務省は初の包括的な人道支援政策を策定することとなった。

 担当したのは、国際協力局緊急・人道支援課である。策定の責任者であった河原節子同課課長(当時)によれば、日本での政策策定プロセスは、まず、イギリス、ノルウェー、スウェーデンなど各国の政策を分析し、日本の過去の実績、考え方を評価・分析することから始まったという。(注)

 その後、駐日国際機関関係者や国内のNGOとの意見交換会を経て作成、原案を政務官、副大臣、大臣に説明し了承を得て、2011年7月1日に日本の人道支援政策が策定・発表されることとなった。

 日本初の人道支援の政策文書として非常に重要な「我が国の人道支援方針」は7頁からなる。(注)

1.はじめに―人間の安全保障と人道支援、
2.人道支援をめぐる現状認識、
3.人道支援の基本原則の尊重、
4.現状への具体的な対応方針、
5.効率性の重視

の5部構成である。

 まず「1.はじめに―人間の安全保障と人道支援」において、人道支援は、「我が国が外交政策の柱の一つに掲げる」「人間の安全保障を確保するための取組の一つである」と外交政策との関係が、人間の安全保障概念を通じて明確に位置付けられ、同時に次のとおり、人道支援の定義、目的、提供される期間が示された。

「人道支援とは一般に、人道主義に基づき人命救助、苦痛の軽減及び人間の尊厳の維持・保護のために行われる支援をいう。難民、国内避難民、被災者といった最も脆弱な立場にある人々の生命、尊厳及び安全を確保し、一人一人が再び自らの足で立ち上がれるよう自立を支援することがその最終的な目標である。このため我が国としては、人道支援は、緊急事態への対応だけでなく、災害予防、救援、復旧・復興支援等も含むものとして認識している」

 続く「2.人道支援をめぐる現状認識」では、人道支援をめぐる国際環境から、人道危機の長期化と複雑化、自然災害の頻発化と大規模化、紛争の形態及び当事者の多様化とそれに起因する人道支援要員への攻撃の増加、人道支援の形態の多様化という認識が示された。

 また、人道支援が復興支援、国連平和維持活動等と同時並行して行われる機会も増加し、軍が人道支援を側面支援する役割を担う場合が増え、軍の能力が人道支援自体に活用される場合もあるとして、人道支援における軍の役割や文民と軍との間の連携の在り方が重要な課題となっているとの認識が示された。

 これは2010年のDACの勧告にある「日本の人道支援の公平性を維持するため、人道支援関係者と防衛関係者との間の対話を更に進める」に呼応している。

 次に、「3.人道支援の基本原則の尊重」において、人道支援の基本原則として、「人道原則」「公平原則」「中立原則」「独立原則」が示され、我が国はこれらの基本原則を尊重しつつ人道支援を実施するとした。

 これらの原則の意味するところは、それぞれ、

人道原則とは、「一人一人の人間の生命、尊厳及び安全を尊重すること」、
公平原則とは、「国籍、人種、宗教、社会的地位又は政治上の意見によるいかなる差別をも行わず、苦痛の度合いに応じて個人を救うことに努め、最も急を要する困難に直面した人々を優先すること」、
中立原則とは、「紛争時にいずれの側にも荷担せず、いかなる場合にも政治的、人種的、宗教的及び思想的な対立において一方の当事者に与しないこと」、
独立原則とは、「その自主性を保ちつつ人道支援を実施すること」

とした。

 日本政府は、GHDの“the autonomy of humanitarian objectives”を踏襲したが、こうした国連や国連人道機関、西側ドナー諸国の捉える「独立」概念は、既述のとおり赤十字組織やNGOの独立の解釈とは明らかに異なるものである 。(注)

 さらに外務省は「緊急・人道支援の基本概念」と題したホームページにおいて「独立」は、「政治的、経済的、軍事的などいかなる立場にも左右されず、自主性を保ちながら人道支援を実施すること」とした。(注)

 こうした「独立」の解釈は、日本政府のみならず、ドナー国に共通のものである。それでは、「自国」の外交や国益といった課題から、人道支援は独立しうるのだろうか。この問いについて、ICRCの第二次世界大戦中の経験から振り返る。

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